街路樹を圧倒するようにそびえる高木、生物多様性センター付近のクスノキの並木は、青葉の季節に赤く色づいた葉を降るように落としています。
ふり仰げば、空を覆い隠すほどの新緑と、円錐状に並ぶ小さな花。いつも緑の常緑樹が、どうしてこんなに葉をおとすのでしょうか。
実はクスノキの葉の寿命は一年ほど。新緑の季節は、葉の代替わりの季節でもあるのです。
春の芽吹きとともに、昨年の葉は役目を終え、枯葉となって舞い落ちます。
今回は、クスノキと私たちとのかかわりについて、ご紹介します。
クスノキ Cinnamomum camphora クスノキ科
東アジア、東南アジアに分布する常緑広葉樹で、日本では関東南部から九州の太平洋側に分布しています。枝や葉が、衣類の防虫に使われる樟脳(カンフル)の原料として用いられ、その効能によりかつては船や仏像の材としても使われていました。成長も早く、公害に強いとも言われ、公園や街路樹として多く利用されています。また、神社などで巨木として知られるものも数多くあります。
千葉県では、国の天然記念物として神埼町の「神崎の大クス」、香取市の「府馬の大クス」が指定されていますが、「府馬の大クス」については、大正15年に指定されたのち昭和44年に同じクスノキ科のタブノキに訂正されたという異色の経緯を持ちます。また、富津市の「環の大楠」、南房総市の「上三原の大楠」は、県の天然記念物に指定されています。
クスノキは、古代の千葉県の物語にも登場します。
今から1300年余り前、奈良時代に編纂された地誌『風土記』の逸文(いつぶん・原文が失われほかの書物への引用のみが残っている文章)のうち、今の千葉県にあたる地域(上総・下総)の記述にクスノキと思われる樹木が登場します。その物語は『国花万葉記』(巻十)に記されており、話の大筋は以下のようなものです;
昔、長さは数百丈(1丈は約3m)の大きな楠(クスノキ)が生えました。その時の帝がこれを不思議に思い占わせると、「天下の大凶時である」とでました。そこで、この木を切ったところ南方に倒れ、上の枝を上総といい、下の枝を下総というようになりました。
※「総」の由来は他にも有力な説があります。
樹高が数百メートルもあるクスノキの巨木が、古代の千葉県に育っていたとは壮大な話です。
クスノキは長く私たちに身近な植物であったといえます。
黒地に鮮やかな青の斑紋が美しい蝶、アオスジアゲハを見かけるようになりました。
アオスジアゲハは飛翔力の高い蝶で、樹木や花の周りを目まぐるしく飛び回ります。
防虫効果のあるクスノキですが、アオスジアゲハなど一部の昆虫類は利用できるのです。
幼虫はクスノキ、タブノキなどの葉を食べて1ヶ月ほどで蛹となり、越冬する場合を除き、約10日で羽化するそうです。
公園や街路樹などにクスノキが多いことから、住宅地や都会の真ん中に多く、特に東京や大阪などの大都市では、もっともふつうに見られるアゲハチョウの仲間と言われます。
新緑のまぶしい季節。そびえ立つクスノキの葉陰にアオスジアゲハを見つけたら、それは、卵を託す場所を探しているのかもしれません。
皆様から寄せられたアオスジアゲハの写真です。写真下は団員番号です。
2025年4月の皆さまからの発見報告は61件でした。
内訳は、鳥類27件、昆虫13件、維管束植物7件、哺乳類4件、は虫類4件、両生類3件、エビ・カニ類2件、クモ・ムカデなど1件でした。
参考文献
千葉県教育委員会.”神崎の大クス”神崎町の国・県指定および国指定登録文化財,2023-12-23,
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n431-005.html(2025-05-15).
千葉県教育委員会.”府馬の大クス”香取市の国・県指定および国指定登録文化財,2023-04-14,
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n431-004.html(2025-05-15).
千葉県教育委員会.”環ノ大樟”富津市の国・県指定及び国指定登録文化財,2024-03-15,
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/p431-004.html(2025-05-15).
千葉県教育委員会.”上三原ノ大樟”南房総市の国・県指定及び国指定登録文化財,2024-03-15,
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/p431-001.html(2025-05-15).
長柄町史編さん委員会.”研究のあと(1)”長柄町デジタルアーカイブ 長柄町史,1977-03,
https://adeac.jp/nagara-town/texthtml/d100010/mp000010-100010/ht010020(2025-05-15).
『樹木図鑑』日本文芸社(2025年)
『週刊朝日百科 動物たちの地球77 昆虫5』朝日新聞社(1994年)
矢野憲一・矢野高陽『ものと人間の文化史151 楠(クスノキ)』法政大学出版局(2010年)
海野和夫『身近な昆虫のふしぎ』ソフトバンク クリエイティブ株式会社(2012年)